復活した最強の音楽再生ソフト「Winamp」の思い出を平成生まれが語る
かつて未だCDでの音楽再生が主要だった時代に、いち早く軽量かつ高音質な.mp3ファイルを用いた音楽管理&再生を世界中に広めたソフトだ。
古くは1997年にシェアウェアとして発表され、その後はユーザーによるプラグインやスキンの作成、視覚的なインターフェースによる音楽ファイルの管理、更にストリーミング再生によるネットラジオの視聴が可能になるなど数々の功績を残した、デスクトップオーディオ界では伝説的なソフトだ。
しかし、2002年ごろのアップデートを期に動作の重さ、不安定さが問題となり徐々にシェア率は低下、そして2013年には公式に開発中止が発表されている。しかしその功績は多大で、後のiTunesやfoober2000といった音楽管理ソフトの礎を築いたと言っても過言ではない。
…っていうのがWinampというソフトの歴史になるんだけど、実は2018年10月16日本日、Winampの新バージョンによる復活がアナウンスされた。
新バージョン配信は2019年中とのことだ。
装い新たに登場するWinampはPC内の音源は勿論のこと、クラウド、ポッドキャスト、ストリーミングラジオ局、自分で作ったプレイリストなどさまざまな音楽をWinampで聴くことが可能になるとのこと。
以下の記事ではこのように紹介されている。
これまでは、スマートフォンの音楽プレーヤーに加えてストリーミングサービスやポッドキャストなどのアプリがスマートフォンにいくつもインストールされて使い分けてきましたが、Saboundjian氏の発言からは、その煩わしさを解消するワンストップ型のアプリ/サービスになるものとみられます。
世界的人気を誇った音楽プレーヤー「Winamp」がクラウド再生やストリーミング対応して2019年に復活予定 - GIGAZINE
2019年に発表されるWinampの新バージョンは、windowsだけではなく、AndroidやiOS向けのアプリケーションも用意されているとのこと。
自分の話になってしまうが、私は現在自宅では据え置きのネットワークストレージ(NAS)に音源を保存しiPadで操作・再生をしつつ、同時にストリーミングサービスSpotifyも用いることがある。
本来であればNAS内の音源を管理するアプリを用いてそのままSpotifyも管理できればよいのだが、残念ながらそのようなことは出来ない。
理想で言えば自宅内の音源とストリーミングの音源をごった煮にしてプレイリストにすることができればよいのだが…。
現在、日本では正式にサービスが始まっていないTidalというストリーミングサービスと、音楽管理アプリケーションRoonを用いることによって上記のような"ローカルとストリーミングの垣根を超えた音楽管理"をすることが可能である…らしいのだが、残念ながら国内アーティストの配信が無いことと、Roonを用いるための設備投資、それにRoonアプリケーションの年額を支払うことが今の私には難しいのでただ指を加えていることしか出来なかった。
もしWinampが上記記事で期待されているように”その煩わしさを解消するワンストップ型のアプリ/サービスになる”とすれば、Winampの復活を応援せざるを得ない。
まあ、まだ発表があったというだけで詳しくは全くわからないのだが、続報に来たいということで。
Winampの思い出を語ろう。こっちが本題だった。
Winampは1997年に発表されたソフトだと先程言ったが、何を隠そう、というか隠すつもりもないのだが私の生まれ年も1997年である。
つまり、最もユーザーに支持されていたWinampの黄金期はちょうど私が保育園で友人の井上くんと、パチンコ屋の広告から水着美女を切り取ってスクラップする「えっちえっちクラブ」を結成していた頃の話だ。なにそれ?
そんな私が中学生になると、いよいよPCの自作に手を出すことになる。自らの手で収集した格安ジャンクPCパーツを集めて完成させたPC。更になけなしの小遣いで玄人志向というメーカーの音声用パーツを買い、オヤジのミニコンポを勝手に自室に持ち込み、PC内に保存したニコニコ動画からDLした(真似しないでね!)ボーカロイドの楽曲を夜な夜な再生していた。
ボロボロのクソゴミ性能だったけれど当時の私は「できるだけお金をかけずに性能を良くする」ということに全身全霊をかけていた。というか、それが自作の醍醐味でもあったことだしね。
そんな貧乏精神をもちつつ、「もっと高音質で聴きたい」と思ったのが私のPCオーディオの、加えては私の人生を大きく揺るがすオーディオ界への入口になったのである。
Winampはフリーソフトであった。PCで音楽を聞こうとしてもどうしてもWindowsのプリインストールソフトではクソカスのゴミゴミだったので耐えられなかった。
当時はすでに懐かしのipod nanoを持っていたのでiTunesでも良かったのだが、インターネットを調べているうちに「音楽再生ソフトの種類で音質が変わる」という情報にぶち当たった。
これに関してはもはやオカルトと言っても過言ではない世界の問題でもありつつ、しかし中学生の私にとっては「少しでも音質を良くしたい」という欲求にかられてオカルト沼に入り込んでいくのだった。
とはいってもWinampの音質が良いのには勿論オカルトではなく仕組み的な理由がある。
スマートフォンを利用していると複数のアプリから同時に音が出ないのを不便に思ったことがないだろうか。音楽を聞いたままYoutubeの動画を見ることが出来なかったり。
Windowsで音を再生しようとする際には、複数個のソフトウェアが再生しようと試みる音源を一旦OS側で全て受け取り、同時再生できるように処理を行うことによって複数の音源を再生している。逆に、そのような処理を行っていないOSでは複数のソフトから同時に音を出すことが出来ないのだ。
そんな、一見すると便利なWindowsの機能だが実はこの機能によってWindowsで再生できる音楽は音質が劣化してしまう。
それを回避できるものがWinampのプラグインに存在するのだ。
まあ、現在ではほとんどの音楽再生ソフトで当然のように搭載されている機能だが、当時の私はこのような「高音質化プラグイン」、そして自分の自在に組み替えられるスキンの多様さに心惹かれWinampを使用していた。
ただし、次第にPCゲームにのめり込むほどにより軽量な音楽再生ソフトを求めはじめ、Winampから乗り換えてしまうのだが…
まあ、何はともあれWinampというソフトの存在が、生まれて初めて「音質」というのを考える切っ掛けとなったのは事実だ。現在ではオイクラ万円なのか口に出して言えない機器がゴロゴロ並んでいる貧乏学生の6畳間を住処としているので、そんな私にとってはWinamp復活というのはとても懐かしく、そして期待できるニュースだったのでした。
劇場版「フリクリ プログレ」各話解説と感想と考察【ネタバレあり】
公開から1週間も経ってしまったけれど、プログレ見てきました。
オルタナに次ぐ新作フリクリということで、それぞれいろんな解釈を持って接していると思うけれど、とりあえず私自身の備忘録的な意味で解説記事を書いてみる。
全然余談だけれど、フリクリってOVA版だと何度も見返すたびに認識が変わることって多々あったから、ファーストインプレッションを残しておくことで2回目、3回目の視聴がもっと楽しめるかなと。モチロンBD予約済みです。
オルタナの感想は以下より。
azayaka-tuchiiro.hatenablog.com
オルタナの解説記事ではOVA版との差異に注目していたけれど、プログレではそれよりも各キャラクターに視点を当てたほうがわかりやすいと思うので、そういうスタンスで考えていくよ。
ただ、自分なりの見解をまとめたものなので真偽とかそういうのは置いといて、こういう見方もあるのかって感じで見てくださいね。
記事中の画像はいずれもPVから拝借しています。
第1話「サイスタ」
第1話のサブタイトルはサイスタ。タイトル画面にRe:Startって書いてあるとおり再スタートの略かな。関係ないけどOVA2話のサブタイトルは「ファイスタ」だったね。
やっと私は思い出す。私が要するに中学生だったこと。特別なことなんてずっと何もなかったってこと。
プログレでは毎話ヒドミの夢の話から始まる。第1話では体が少しずつ崩れていって、ロボットになっていく夢。夢の中では迫りくるメディカルメカニカのプラントを打ち砕いていた。
この夢について、観てすぐは正直良くわからなかった。ヒドミの夢はこれから起こることを暗示したなにかであるということばかりは理解できたが。これについては後述する。
1話で特筆すべき事柄と言えばOPの映像だろう。主題歌「Spiky Seeds」に乗せて、ハル子がジンユとラハルに分裂するシーンが描かれている。
そもそもプログレの中でのハル子の立ち位置ってどうなってるの??というのは事前情報の中でも気になっていたことだった。ラハルは見た目こそはハル子と同一であるが声優は林原めぐみになっているし、髪の色も若干違うし。
OP映像では、恐らくナオ太と別れた後のハル子の姿が描かれていた。というのも、OP映像に登場したハル子はツインギターを持っていたからだ。
このツインギター(片方はベースだけど便宜上)はナオ太が4話で使ったフライングVと、5話でカンチが使ったアトムスクのギブソンEB-0、それをナオ太が6話で海賊化した際に一緒に使った際に出来たものだ。ハル子は自分が持っていたRickenbackerのベースをナオ太のもとに置いて、代わりにこのツインギターを持ってアトムスクを追う旅に出た。
で、ハル子が分裂してラハルとジンユに分かれる際には、そのツインギターも同じように分裂した。プログレ本編中ではそれぞれラハルとジンユが使うギターは違う。
PVから拝借した画像なのでわかりづらいが、ラハルはアトムスクのEB-0を使用している。そして、ジンユはと言うと…
フライングVではない。このギターは恐らくジャズマスターと呼ばれるタイプのギターだ。
OP映像中で注目するポイントは、ハルコとジンユが宇宙空間のデブリの中に例の黄色いベスパを置いていったこと、そしてそのベスパにフライングVが立てかけてあったことだ。ボディはベスパに隠れていたがヘッドの形状からして恐らくフライングVだったはずだ。
違いました。断定していてはずかちい
ここで、ラハルがEB-0を使用していることと、ジンユがフライングVを置いてジャズマスターを使用していることというのは、キャラクターの性格を表す1つのポイントであるように私は思う。
ラハルはプログレ本編中に置いて、一見したところでは見た目も相まってOVAのハル子と同じように描かれているようにも感じられる。が、やはりそれには欠けている部分がある。視聴しているときに「こんなのハル子さんじゃない!」と感じさせるポイントは意図的に作られていたように感じる。
例えばOVAでは表向きは自分本位で好き勝手なことをしつつも、6話では「どこに行ってたんだよ、急に居なくなってさあ」と抱きついたナオ太をなにか言いたげな顔で慰めてやったり、ナオ太の家出に付き合ったり、オルタナではカナにちょっかいを出したりとよく考えれば人情味というか、人間らしさのようなものが見られた。
プログレのラハルはそんなこれまでのハル子のうち、わかりやすく自分本位な面、もっと言えばアトムスクへの執着から周りのことをめちゃくちゃにしても構わない、というようなわかりやすくヒロイックな部分だけを切り取って作られたキャラクターのように思える。
その結果これまでのハル子とラハルは同じような別人という扱いで登場し、現に見ている人にどこか違和感を植え付ける存在となった。
そう考えればジンユは、ラハルと対比してハル子の人間的な部分を切り取って作られたキャラクターであるということだろうか。
メタ的に考えれば、視聴者が考えるハル子をわかりやすくモデリングした結果、見た目や声、破天荒な行動にハル子の姿が現れているのがラハル。
対して、一見すると表に現れないハル子の人間的な部分をモデリングした結果、見た目や声は全く別人だが家政婦という立ち位置などにハル子の姿が現れているのがジンユということだ。
このようにして形作られたジンユがナオ太のフライングVを使っていないことは割と理解できることなのではないだろうか。後の話になるが第5話「フルプラ」で、ジンユのバットで立ち向かう井出に対してラハルが「自分のバットで勝負しなきゃ~」と言うとおり、ナオ太が"ハル子"に託した自分のギターを"ジンユ"が使うわけにはいかない、みたいな。まあ、これに関しては完全に憶測だけれども。
OP映像だけでめちゃくちゃ長くなってしまったが、まあ第1話本編ではそんな特筆すべきこともないだろう。強いてあげればプログレでは強力なN.O.を持っているのがこれまでのシリーズと違いヒドミと井出の2人もいるということだろうか。
またしても余談だけど、OPでカナが出てきたの嬉しかったな。モチロン、ナオ太やマミ美の姿が描かれていたのもそうだったけど、繋がってるんだなって感じがして。
第2話「フリハニ」
第2話のサブタイトルはフリハニ。ジンユとラハルの戦闘シーンで使われたのが「Freebee Honey」だったからなのかな?
第2話では井出がメインに語られている。というか、フリクリで男性キャラクターが魅力的に描かれているというのは珍しいな。オルタナではカナが佐々木に惚れてたけどそんなかっこいいキャラでもなかったし。OVAのかっこいい枠はカンチだったし。
貧乏ながら自分で働きお金を稼いで、ありえないような事態に巻き込まれてもアタフタするんじゃなくヒドミを守るために躍起になったり、ある意味わかりやすく魅力的に描かれているキャラクターだと思う。井出の存在によってこの物語はボーイミーツガール的な側面をもつことになった。
井出がこれ程までに魅力的に描かれている理由は、今回ハル子(ラハル)がヒーロー的な役回りを放棄しているからだと思う。これについては第3話の解説で詳しく話そう。
2話の見どころと言えばなんといっても戦闘シーン。正直言ってたまらなかったね。私はロボットアニメが好きなのだが、2話では明らかにオマージュされているシーンがいくつか見られた。
ジンユの乗っていた車、ベルモアが変形して人形になるのなんてトランスフォーマーか?と思ったらデザイン的には(逆関節とか!)マクロスに出てくるバルキリーだし、かと思ったらエルメスのビットみたいなものを使ったり。
分かりづらいんだけど、変形したベルモアがミサイルを発射するシーンあるじゃないですか。あのときのベルモアの装備って明らかにバルキリーのスーパーパックだったし、ぐるぐる回りながらミサイル撃つシーンとか「愛・おぼえていますか」のフォッカーのシーンだし、ミサイルの動きも板野サーカス意識してたし。
正直ミサイル作画が大好きな私にとっては、フリクリでミサイルが見られるなんて!と感動したシーンでありました。パンフレット買った人は、この画像とベルモアの変形後の画像を見比べてみてほしい。
そういう意味で行ったら井出の名前もイデオンから持ってきてるのかなとか勘ぐっちゃうよね。
ところで、1話で井出とヒドミを襲ったメカが2話でまたしても登場した。どこに行ったのかと思ったら学童の交通整備をしていたけれど、行方不明になったメカが緑のおばさんになるのってOVAのカンチ然りなんか通例でもあるの??
第3話「ミズキリ」
第1話、第2話と、ヒドミと井出にスポットを当てつつなんとなく進んでいた物語が、第3話以降では少し違った切り口で描かれるようになる。
具体的には群像劇のような、それぞれのキャラクターの行動がバラバラに描かれるといったものだ。ジンユは埋められ、ヒドミはラハルに拉致られ、井出はヒドミを追いかけ、森くんはレンカノのアイコを気にかけ、マルコは森くんを追いかけ事の真相を知ってしまい、ラハルは自分の目的のために突っ走る…といったような。
このような描き方はOVAやオルタナではあり得なかった。なぜなら、ハル子という絶対的なストーリーキングが居たからだ。ハル子不在の今作だからこそ出来た描き方だ。
印象的なシーンで言えば、3話の最初にラハルが日焼け止めを塗ってくれと頼むが、それに答えたものは結局誰も居なく、結果的にジンユがサンオイルを塗りたくるというシーンが有る。
1話の解説で私は何度か、ラハルに対する違和感について語ったが、これはその中でも特にそれが感じられるシーンだ。OVAやオルタナのハル子のカリスマ性ならこんなモブに無視されるようなことはなかっただろう。
今作でラハルは意図的にハル子と区別して描かれているというのは前述したとおりだ。
ラハルは見た目ばかりはハル子そのものだが、例えばメカヒドミに油断してぶっ飛ばされてボロボロになったり、日焼け止め塗ってほしいのを無視されたり、ハル子と同じようなベスパに乗りつつナンバープレートが違っていたりと言ってしまえば偽物のように描かれている。
声が新谷さんではなく林原さんなのも、「これはハル子であってハル子ではない。偽物である」といった感を強めるための起用なのだと思う。(これに関して、海外版ではOVAと同じ声優が起用されているらしいが、ただ単にハル子声を真似できる人が居なかっただけだろう)
で、ラハルがそのような存在であるからこそ今作では井出がヒドミを支える存在となったのだろう。ヒドミを探し回り、結局ラハルとジンユのいざこざに巻き込まれつつもヒドミとの距離が近づいていく。
ついでに、3話でアイコちゃん初登場&森くんとアイコちゃんの関係が顕になるわけだが、結局最後にこの2人も重要な役割を担うことになる、というあたりに、先程も言った群像劇的な、バタフライ・エフェクトが重なり続けた結果にエンディングが完成するみたいな集約がされる。
ところで、1話の学校のシーンで学級新聞にメディカルメカニカが海上に進出という記事があったので出てくるかと思ったけど、よくわかんなかった。ハル子がヒドミを拉致った施設ってメディカルメカニカのプラントっぽかったけれどどうなんだろうね?
第4話「ラリルレ」
4話、ラリルレ。プログレのサブタイトルってもしかしてあんまり意味ないな??OVAやオルタナではなんとなく内容とリンクさせてたけど。5話のサブタイトル「フルプラ」も挿入歌の「Fool on Planet」から持ってきてるだけっぽいし。
まあ、私が理解してないだけかもしれないが
4話ではこれまでのクーデレ女子ヒドミちゃんとは打って変わってやたらハイテンションになってしまったヒドミちゃん。絵柄的には、パタリロっぽいというか、アラレちゃんっぽいというか。
ヒドミの性格が変わったのはメディカルメカニカのプラントから発信されている怪電波によるものだったらしい。このときのヒドミの性格は、2話、3話の夢で出てきた性格みたいだけれど…。
正直、私の考えるところだと夢ってあんまり意味を考えても仕方ないんじゃないかなーと。1話の夢では体が崩れつつメカヒドミに変形していたけれど結局6話では井出を助けるために自発的にメカヒドミの姿になっていたし、不吉な予感を漂わせる夢と違ってこの物語はハッピーエンドで終わっているし。
そう考えれば夢なんて所詮ただの夢みたいなスタンスで、あまり考えすぎるのもアレかなーって。
とはいえ、性格が変わってしまった理由はなにかあるはずだ、ということで少し考えてみる。ヒドミの性格が変わったのは3話で井出がピンチに際してヘッドフォンが食い込んで以降だ。
このヘッドフォンはジンユの説明によるとどうやらN.O.の力を制御するものらしい。OVAで言えばアマラオの眉毛がそれに近かったガジェットになるのかな?で、このヘッドフォンをヒドミが付けているのは「お父さんに貰ったから」だという。このお父さんについては最終話で「メディカルメカニカのプラントに向かって、それ以降帰ってこない」ことがわかった。
N.O.が活性化するための条件に精神的に大きな衝撃があったときっていうのはこれまでの事からなんとなくわかることだし、特にヒドミの場合は激しく動揺しているときにヘッドフォンが赤く光っていたことからヘッドフォンが機能している描写がなされている。
ここでヒドミの性格が変わったこと、そしてその理由がプラントから発せられる怪電波をヘッドフォンが受信しているためであることをもう1度考えてみると、完全な憶測になってしまうがメディカルメカニカ内のヒドミの父が、N.O.が活性化しすぎてしまうヒドミを守るために別人格にした、みたいなことも考えられる。自己防衛みたいな。
というか、それぐらいしか怪電波の理由が思いつかない。プラント中に父が居るとすれば、暗にヒドミの父は生きている=いつかは帰ってくることを示しているというのを示しているのかもしれない。まぁ、OVAでハル子が「人が働くとこじゃないよ」と言っていたこともあるメディカルメカニカのプラントに、「向かった」とだけ表現されたヒドミの父がどうなったのかなんていうのは視聴者の知る由もないのだが。
ほかに気になったことと言えば、4話にしてカンチが登場したことだろう
PV見返したらちゃんと登場していた。劇場で見ていた私はそれに気づいてなかったので出ちゃうの!?!?とびっくりしたけれどね。
OVAのラストではカンチはそのままナオ太の家に住み続けることとなっている。そのはずのカンチがなぜここにいるか。もっといえば最終話まで観た人ならもうわかっていると思うけどハル子のベースも入国管理局の遺失物保管衛生の中にあった。
ちょうど上の画像はマスラオとチャンプおじさんことアイパッチが会議をしているシーンのものだが、マスラオも最後の最後で「お父さんそっくりの眉毛」という台詞からOVAに登場したアマラオの息子であることが示唆されている。
で、あるとするなら時系列で考えるとどうやらプログレの物語はOVAから数十年後程度の話になるということがわかる。
そう考えればカンチがかつてアトムスクの力を宿していたメカだということもマスラオたちは解ってて然りだと思うし、そうであれば捕らえている理由も自明だ。加えて、カンチがナオ太の家からハルコのベースを持って飛び出して何らかの形で入国管理局に捕まったと考えれば、ハルコのベースが入国管理局の施設内にあるというのも自然かな?
まあ、「なぜカンチが捕まっているのか」というのは「なぜかわからんけどハルコが分裂した」というのが前提になっている今作では愚問といえるのかもしれないなぁ。そういうもの、ってことで捉える他ないし。
ところでマスラオのお母さんって誰だ…?キツルバミ君か…?
4話ではついに海賊化っぽくなったジンユとラハルの戦闘が見られる。これはどうやら海賊化とは違うらしいが、少なくともハル子(ジンユとラハル)は以前アトムスクの力を1度は手に入れた、ないし使えるようになっていたことがわかる。これについてはOP以降何度かそういう描写があったしね。
で、アイコの持っていた植木鉢はカンチの中に残留していたアトムスクの力を使って作ったものであることがマスラオによって語られていたが、そう考えればジンユとラハルが不完全ながら海賊化をすることが出来た理由も、そのようにアトムスクの力の一部を使っているということなのかもしれない。
因みにマルコがタケノコを出したのはヒドミとぶつかってN.O.が移ったからだ。これはOVA3話のニナモリにも同じようなことがあったね。
ところで、今回始めてメディカルメカニカのプラント内部が明かされたわけだが、中枢部はなんだか脳みそのような模様になっていたね。これが何かを示唆するものなのか…。
第5話「フルプラ」
5話。印象的な作画だったね。パンフレットのインタビューを見ればそれについても語られているけれど、荒井監督の「『フリクリ』の魅力には、のいろんな表現のアプローチ側面もある」という言葉にめちゃくちゃ同意です。気になる方はパンフレット買おうね!!!!!
5話では、4話でジンユを取り込んだラハルがお腹を膨らませている姿を見せていた。なぜだ??
4話では、「ジンユを取り込んで同化する=食べる」というある意味安易な表現を使っていた。そう考えれば5話でこのような状態になっているのも「消化できていない=上手く取り込めていない」と考えることが出来るだろう。
それはやっぱり声にも現れていて、前述したとおり今作ではハル子とラハルを明確に区別する要素として声優の違いがある。ラハルは見た目こそハル子に似ているが別キャラクターという扱いであること。ジンユを取り込んだことで髪の色はピンク色に変化し、見た目的な違いは無くなった。それでも声は新谷さんでなく林原さんだ。
結局のところジンユを取り込もうと思っても失敗して、「ハル子」には成れていないということがわかるのがあの姿だ。
さて、5話では遊園地の変形のためにカップルを集客してその微量なN.O.を集めることでエネルギーにしていた。これまでN.Oがどのような条件で活性化していたのかというのはあまり考えていなかったが、恋愛的な要素でN.O.が発動していたことは何度かあった。
OVAでは1話でマミ美にタスクがアメリカで彼女が出来たことを話た結果苦しむマミ美を見て、あるいは2話でカンチにキスしようとするマミ美を見てナオ太のN.O.が発動していたし、オルタナでハル子が、カナの佐々木への恋心を利用しN.O.を発動させようとしていたこともあった。
勿論、それ以外で発動していたことも多かったが、恋愛すると頭が空っぽになるってことがN.O.につながるのかな。
今気づいたことなんだけれど、OVAでナオ太の頭の中が空っぽになっていた。もしかしたらそれはつまり頭が空っぽになるような事象がN.O.を引き起こす要因になりうるというのを暗示した表現なのかもしれない。完全に蛇足だけど、何も考えられないくらい熱中したら普通じゃありえないものが生まれる、というメッセージ性すら感じ取れるね。
第6話「アワラン」
6話は正直言って情報量多すぎて、というか6話のラスト数分を見た上でもう1度全編見直さないと理解できない事柄がいくつもあった。
6話ではヒドミとラハルの戦闘シーンが主だった。プログレではこれまでに増して戦闘描写が多くて、男の子な私としてはとっても燃えましたね。燃えたと言えば、ヒドミが井出の学ランを着て戦っていたのもかっこよかったね!!
5話のラストから6話にかけてついにアトムスクが登場した。ハル子がヒドミと戦っているのはヒドミのN.O.を使ってアトムスクを捕まえるためだ。戦う二人の足場にはどんどん鳥かごが形成されていった。
一方メディカルメカニカのプラント(縦)はアトムスクを捕まえるためにモチを発射していた。わかると思うけれど、鳥獣を捕獲するのに使うトリモチっていう禁止猟具が元ネタね。
と、言う感じで、ラハルにしろメディカルメカニカにしろ完全にアトムスクを鳥扱いした方法で捕まえようとしている。
OVAでは、アマラオの回想からアトムスクは人間であるというような描写がなされている。
これに関して鶴巻監督は「アマラオはアトムスクの姿を知らないから、ハル子がアトムスクのことを男だと思って、惚れてると思っている」と語っている。
OVAではこのように視聴者に対してアトムスクが人間であるという考えをもたせた上で、実際アトムスクは人の形ではなく、鳥のような姿で現れていた。
プログレではわかりやすくここまでトリモチや鳥かごで鳥扱いしていて、結局鳥の姿で現れるのだが、観た人なら分かる通り最後にラハルはアトムスクに対して惚れているような描写がなされる。アトムスク特有の赤い人型が現れ、それに泣きつくラハル。結局その人型はジンユだったわけだが、プログレではOVAとは逆に、「これまで人かと思ってたら鳥だと思ってたアトムスクがやっぱり人だった」という展開を見せていた。
ラハルとジンユがアトムスクを追っている理由も4話のメディカルメカニカ内部での口論でなんとなく発していたが、「彼は振り向かない」だとか言ってもどうせ鳥でしょ~??とか思っていた私はまんまと制作陣の思い通りということなのかな??
プログレで最もよくわからないキャラクターであるアイコはまさかの活躍をしたよね。アイコ関連については正直全然ついていけなかった。
アトムスクの力を宿した植木鉢を使って、入国管理局の遺失物保管衛星を引き寄せたんだっけ??マスラオが「できればお前を使いたくなかった」と言っていたことやその後の働きからどうやらアイコが普通の人間じゃないというのはわかるけれど、入国管理局が関係しているということは宇宙人であるというのは有り得る話だ。というか普通の人間はかぼちゃの中から生まれません。
で、そんなアイコに負けず劣らず人外的な働きをしたのがヒドミだ。N.O.を使って体の一部をメカに変えてハル子と戦ったり、かと思えば1話で出てきた白いメカヒドミに姿を変え共闘したり。とはいえ、ヒドミは普通の人間であるというのは確かだ。
というか、「やっと私は思い出す。私が要するに中学生だったこと。」とか言ったり、夢の中で同級生と喰いあったり、体が崩れメカになりプラントをぶっ飛ばしたりと、現実の描写以外の部分ではめちゃくちゃ人外っぽさを醸し出しているが、それはあくまでモノローグや夢の中での話だ。
現実では体がどんどん崩れ去ったりするといったことはなかったし、とはいえメカヒドミになるがそれもN.O.の力であるというのは確かだ。
こんな感じで散々ヒドミの正体について匂わせるというフリを重ね続けた結果、言ってしまえばありきたりなエンディングが際立つってもんじゃないんですか。
プログレは本当に出来事と情報量が多く、なんだかごちゃごちゃしていたけれどそれをシンプルに纏めるEDになったんじゃないかなと思う。ハル子はアトムスクを追う旅を続け、結局最後は井出とヒドミの距離が少し近づくというボーイミーツガール的な終幕にたどり着いた。
フリクリの18年ぶりの復活ということでずっと楽しみにしていたけれど、オルタナもプログレも私の中で大切な作品になりそうです。とはいえまだまだ何度も見返して味がなくなるまで楽しみつもりですが、皆さんはどうでしたか??
どうやらトップをねらえ3!の噂もありますし、いつかはフリクリのさらなる続編が制作されるかもしれません。不朽の名作のさらなる進展を楽しみにしていますよ。
BANANA FISHのED、King Gnuが今注目のバンドって知ってました? - アニメでハマる音楽【5】
いつの間にか夏アニメも終わりにかかっている頃だけれど、みなさんいかがお過ごしですか。アニメで季節感感じるのって、風流だねぇ。
アニメでハマる音楽。アニメと音楽を結びつけるとどちらも楽しめてお得だよ、っていうススメです。
夏アニメの中でも注目作で、事実めちゃくちゃおもしろかったBANANA FISH。そのEDを歌っているKing Gnuのお話をしようと思う。
BANANA FISHについて
BANANA FISHについて下手に語るとアニメで知ったニワカな私に対して不信感を覚える方もいると思うので、調べたことだけを書きますよ。
原作は吉田秋生氏による漫画であり、「別冊少女コミック」という少女誌で1985年~1994年まで連載されていた作品だ。あらすじは以下の通り
1973年ベトナム戦争の最中、アメリカ軍兵士グリフィン・カーレンリースが突然、同じ分隊の兵士たちに自動小銃を乱射して死傷させる。その場に居合わせたマックス・ロボは彼の足を狙撃し取り押さえる。そのとき、グリフィンは「バナナ・フィッシュ」という謎の言葉をつぶやく。
-wikipediaより引用
さて、連載開始が1985年とずいぶん古い漫画だなと思う人もいるかもしれないが、アニメではそのへんを一新して、スマホも登場する現代の物語として作られている。
漫画ではベトナム戦争が舞台になっていたらしいが、アニメでは中東紛争に置き換わっていて、視聴者からしたら違和感なく見ることが出来るようになっている。
舞台はアメリカ。キャラクターやセリフ回しも洋画風に作りこんであり、小気味よく進む会話劇や銃撃戦を含む過激なアクションなども魅力だ。主人公のアッシュ(上の画像の金髪)は少年ギャングをまとめているボスで、BANANA FISHというキーワードをもとにマフィアと対立を深めていく。
そんなアッシュの相棒となるのが、マフィアに襲撃されたときにたまたま居合わせてしまった日本人、奥村英二(こと、えいちゃん)だ。
普段人を信用しないアッシュがえいちゃんに信頼を寄せ、えいちゃんもその信頼に答えていく。シンプルにバディものが好きな人にはおすすめだ。
アメリカが舞台になっているだけあって私のようないち日本人視聴者には異世界のような感じがしてしまうが、世界観が綿密に組み立てられていて楽しんで見ることが出来る。勿論、本当のアメリカを知っている人ならもっと楽しめるんじゃないかな。
原作がとても人気な作品であるのに加えて、作画なども申し分ない。ところどころエグイ描写があって、これ本当にノイタミナ枠で地上波放送してんの!?と思ってしまうこともあるが、そういう生々しいところも含めてリアルというか、作品に立体感を与えてくれる要素といえる。
因みに、Amazon primeで視聴できるので気になった方は是非見てほしい。
King Gnuについて
King Gnuは4人組のバンドで、その音楽性はラップ調のミクスチャーロックを掲げつつも、新しい更に現代風のグルーヴが特徴的だ。
代表曲と言ってもいいVinyl。正直言って、何系とか分けることが私には出来ない。独特の世界観が多くの音楽ファンを虜にして、ライブを開けば即ソールド、カルチャー誌にも取り上げられ、SpotifyではDJダイノジのプレイリストに鎮座していたこともあったな。
King Gnu「Tokyo Rendez-Vous」インタビュー|鬼才集団が提示する新たな歌モノのスタイル (2/3) - 音楽ナタリー 特集・インタビュー
音楽ナタリーのインタビューでは、「日本のリスナーに音楽を届けてるのに、洋楽っぽいとか言われてもしょうがないと思ってるので」と発言していて、洋楽のフォロワーとして音楽を奏でることに対して1歩下がった視点を持っているらしい。
確かにKing Gnuの楽曲は2000年代~のジャパニーズ・レゲエミュージックの雰囲気が感じられるので、これがJ-popか、邦楽か、と納得してしまった。
活動開始が2015年、フルアルバムが2017年に発売されて、私はそれからの経歴しか知らないが破竹の勢いで勢力を伸ばしている。
そして、新曲prayer XがBANANA FISHのED曲として発表された。
BANANA FISHとKing Gnu
BANANA FISHの、マフィアやギャングの絡んだ裏の世界の雰囲気に合わせる形でキャスティングされたのだろうか。
BANANA FISHは必ずしも痛快奇天烈なアクションアニメではなく、主人公のアッシュの重く暗いバックボーンストーリーと、それに向き合い、戦っていく悲劇的な物語と言っても良い。
prayer Xはそんな世界観に合っていて、特にアッシュの、自由になれずにもがいている姿とリンクする歌詞だ。
自分の居場所でさえも
見失っているの
怒りに飲まれて
光に憧れて
今日も空を眺めるのでしょうソース・ https://www.lyrical-nonsense.com/lyrics/king-gnu/prayer-x/
アッシュが怒りに任せて復讐するのか、あるいはえいちゃんという光の世界の住民を見て自分も自由になろうとする道を選ぶのか。
原作未読の私にはわからないが、BANANA FISHのストーリー、世界観にマッチした楽曲だと思う。
あとね、アニメ好き的に言えばEDの曲のイントロが本編の終盤に流れだす演出めちゃくちゃ好きなのでポイント高いです。ああ、今週もこれでおしまいか…。みたいな悲しさがね。いいよね。
アニメ化しそうな漫画紹介【その4】彼女、お借りします
アニメ化しそうな漫画紹介。
今回はもうアニメ化プロジェクト進んでるんじゃないの?みたいな。どうせアニメ化しちゃうんでしょ?みたいな漫画を紹介します。
その名も「彼女、お借りします」
8月に東京に行った際、駅のホームにこの漫画の大きな看板が張り出されていたのできっとめちゃくちゃ人気の漫画なんだろうなと思って読んでみたら、案の定面白かったです。
あらすじ
都内在住のダメダメ大学生、木ノ下和也(20)。ある日、“ワケアリ”の超絶美少女、水原千鶴との出会いをキッカケに、彼の人生は大きく変わり始めて──!? “リアル”輝く“レンタル”ラブライフ、開幕!
ー講談社HPより引用
主人公はクソダメ大学生。私としてはこの時点で親近感が湧くのですが、上の引用の通り水原千鶴という超絶美少女に出会う。それがこちら
可愛い!!
「やっぱりオタクって可愛い女の子が出るマンガ好きね。女の子が可愛けりゃそれでいいんでしょ?」
それはノンノンだよ!!こんな可愛い彼女、ただ可愛いだけじゃなくて本職は大学生兼レンタル彼女なのです。
知ってる人も多いと思いますが、レンタル彼女っていうのはお金を払って彼女になってくれるという、何でしょう、イワクツキと言ったら何ですがそういう職業です。
こんな可愛い女の子を彼女として扱うという一時の誘惑に魅了されてしまった主人公が何かと理由をつけてリピートするうちに、仲が深まったり深まらなかったりするラブコメと言えば一番わかりやすいかも。
水原千鶴はレンタル彼女として主人公・和也と出会い、一時のあいだカップルとして過ごしその日限りの関係を終わらせたはずだったものの、まさかの大学内で和也と出会ってしまいそのまま関係が進んでいくんですよ。そしてなんとアパートの部屋まで隣同士!!
大学内では地味な服装で目立たないようにしているものの、和也はレンタル彼女としての千鶴を知っているのでそれを周りに隠すという条件でどーたらこーたらっていう話です。私に限らずだと思うけど、「一見目立たないなアノ子の本当の魅力知ってるのよ」みたいなシュチュエーションってとても好きです。
この漫画にはその他にも何人かキーキャラクターというか、ヒロインが出てくるのだけれどその中でも特筆すべきなのがこの子
可愛い~!!
やっぱり黒髪ロングのヒロインがいるなら明るい髪色のショート系ヒロインも必須だよね~!
しかもこんなゆるふわで癒し系でほわほわした性格の!!
ほわほわした性格というのは誤りでした。この子は主人公、和也の元カノである麻美ちゃん。ゆるふわな見た目に反して中身は腹黒という性格の持ち主。
和也を虜にして付き合うも、(゚⊿゚)ツマンネと言って捨てた過去を持っているのです。
そんな麻美ちゃんですが、自分に未練があるはずの和也が千鶴と一緒にいるところを見かけたりするとどこか嫉妬心を覚えたり、別れたはずの和也に未だに思わせぶりな行動をとったりと悪女の名に恥じないヒールっぷりを見せてくれます。
ただ、可愛いので憎めない。
その他にも口下手系レンタル彼女、妹系レンタル彼女など様々なレンタル彼女が登場して、しかもそのどれもがとても可愛いので和也と読者を困らせます。
で、勿論女の子が可愛いだけじゃありません。
ラブコメの「あ^~こういうおパターンね、好き~!」というテンプレもあるし、レンタル彼女という特殊な状況で、この漫画にしか出来ない展開も多いです。詳しくは言わないけど!!読んでほしいから!!
それに加えて、レンタル彼女という職業をなぜ水原千鶴がやっているのか、これは他のレンカノ(レンタル彼女の略称)にも言えることですが、それぞれの事情もバックボーンにありつつ物語が進んでいくのでストーリーという点でもしっかり楽しめます。
とはいっても重すぎないと思うので読みやすさもあります。
年でしょうか、最近マンガを読むのに疲れるようになってきてしまって、こういうのばかり読んでいたい…。
とにかく、この女の子が可愛いと思えばそれ以上勧めない理由がないっていう漫画です。「人間は考える葦だ。あとラブコメは全人類が好きだ。」ってパスカルも言ってました。
現在6巻まで出ていますが、本当にアニメ化も秒読みだと思うので、一足先にその面白さを味わってほしいです。
しかし、「彼女、お借りします」っていうタイトルを見たとき、信じて送り出した彼女が貸した先の男の虜になってしまうなんて…的なNTRカナ?とか思っていたけど全然違いました。
ラノベアニメについて、「冴えない彼女の育てかた」を観て考える
私はラノベアニメをあまり見ない。
私が中学生の頃、世はまさにラノベアニメ黄金期であった。「デュラララ!!」「とある魔術の禁書目録」「バカとテストと召喚獣」etc…
ここに挙げたのはいづれにしても人気作品だし、中学生の私はこれまで知らなかった世界観にあふれていたこれらの作品にドハマリした。ラノベもいろいろ買い集めた。
それらの作品が全盛期を迎えてから、もう6、7年ほどになるだろうか。
別に避けていた理由があったわけではないけれど、高校生になって見るアニメの傾向がキャラクターが可愛いアニメからSFやロボットアニメに移り変わっていったことで、次第とラノベアニメは見ないようになってしまった。
先日、ハライチ岩井勇気のアニニャンという私が毎週聞いているラジオがあるのだけれど、その初ゲストとして松岡禎丞さんが出演していた際に「冴えない彼女の育てかた」の話題が出ていて、それを弟に推められたのがきっかけで見てみることにしてみた。
冴えない彼女の育てかたのあらすじは以下のようだ
春休み、アニメグッズ購入費用を得るためにアルバイトしている高校生・安芸倫也は、桜の舞う坂道で出会った少女に興味を抱き、彼女をメインヒロインのモデルにした同人ゲームの作成を思いつく。1か月後、倫也はその少女が名前すら知らないクラスメイト・加藤恵であることを知った。
筋金入りのオタクだがイラストもシナリオも書けない倫也は、同学年の美術部エースで隠れオタクの新進同人イラストレーター・澤村・スペンサー・英梨々と学年1位の優等生の先輩で人知れず新人ライトノベル作家として活躍している霞ヶ丘詩羽を誘い、恵の協力でなんとか同意を取りつけ、コミケ参加を念頭にサークルとしてゲーム作りを始める。-wikipediaより引用
私が脱オタ・受験と離れているうちにいつの間にかラノベアニメの存在が変わってしまった。やたらと増えた「ゼロの使い魔」に端を発する異世界転生モノと、学園ハーレムものがいつの間にか大勢を占めるようになっていた。
冴えカノはそれで言えば俺妹のような、オタクを主人公にした学園ハーレムモノの作品だ。深夜アニメというものはオタクが消費するものだし、そのオタクが主人公の物語というのはあって然るべしだ。
そもそもオタク主人公というものが私にとってだいぶ引っかかるものだったのだ。オタクが書いたオタクの物語をオタクが消費するという過程にオタクが入り込みすぎてて、もっと言えばそんな主人公に感情移入することがあまりできないと言うか、普段オタ隠しに勤しんでいる私にしてみればそんなにオタクをオープンにしている作品を見てかつての自分を思い出すというような、共感性羞恥のような感情になってしまうのも嫌だったし、現実世界でよくいる声が大きいオタクみたいなのが生まれる要因がこういう作品にあるんじゃないかなとも思うし、そもそももう成人していい年して萌えアニメ(死語)を見るのもなあと思ってあまり率先して観ようとは思わなかった。でも、観た。
観た結果…
くっそかわいい~~~~~!!!
どのキャラもめっちゃかわいい~!
もういろんなキャラクターが出てくるけど、どれもテンプレかっていう位いろんなキャラが出来てて好き!!
霞ヶ丘詩羽先輩はわかりやすく天才肌でSっけというか年上ならではの余裕がありつつ、プライドと実力を兼ね備えているって感じで好き!あと、学校にあまり友だちがいない、作る気がないみたいな女性が個人的にカッコよくて好きなのでそれで言ったら非の打ち所がないキャラだった。
2期の終わりにプライドを打ち砕かれ震えたり、普段は軽口を叩いている安芸倫也くんに対してサークルを離れる旨を話すシーンや、過去に自分の作品に意見を貰おうとしたとことか感情を表に出すところでもまた新たな魅力があって好き。やっぱクール系美少女キャラは最高だな!
因みに、どこでとったアンケートかわからないけどCV.茅野愛衣のキャラクター投票で3位だったらしいですよ。
澤村・スペンサー・英梨々はもうわかりやすくツンデレみたいな感じで好き!というか萌えを理解している人間でここまでわかりやすいキャラクター嫌いな人いないでしょ。
幼馴染っていうキャラ設定も、安芸くんと離れることになってしまったっていうお互いがお互いに対して負い目を感じて居ながらも関係を続けている感じとか。
あとやっぱり年末に一人で別荘にこもって絵を描いていたとことか、自らの実力を伸ばすことに貪欲なところとか。安芸くんじゃないけれどそういうクリエイター精神みたいなのって受け取る側からしたら殿上人のもので理解し難いんだけど、サークル離れるときに倫也の近くだと成長できないと泣く場面とか、もうめちゃくちゃ健気で好き。
2期になると他のヒロインに輪をかけて多彩な表情を見せてくれていたのが好き。デフォルメチックなアニメーションがめちゃくちゃドハマリしてて最高。ただ、ここまで安芸くんとの距離が近くなったのにまた離れ離れになってしまうというのもめちゃくちゃ悲しい。本人の「幼馴染ポジション」に対する固執も可愛らしかったし。やっぱ幼馴染キャラは最高やな!
加藤恵は立ち位置がめちゃくちゃ好き!というか、安芸くんの気持ちが私にはとてもわかるのだけれど、自分がめちゃくちゃ可愛いと思っている女の子ってプロデュースしたくなるよね!というかこのアニメってオタク版野ブタ。だったりする?
他のヒロインがわかりやすくアニメっぽいテンプレキャラで固められているのに対比して普通のそこそこ可愛い女の子っているのがとても良い。というかそれがこのアニメの肝になっているところだと思う。安芸くん風に言えば加藤は突然なんとなく髪型を変えたりとかアニメヒロインとしてはご法度みたいなことも平気でしたりとか、安芸くんが思いがけないほど情熱を持って物事に取り組んだりとか、無感情に見えてちゃんと心配したり怒ったりするところとか、人間味があって好き。アニメでは詩羽先輩と英梨々には個別イベントが有ったけれど加藤とはあまりなかったので、そのへんが続編では描かれるであろうということで満を持してメインヒロインの魅力を見せつけてくれるのかなと期待している。いや、今の時点でもめっちゃ魅力的だけれど
因みに私は、冬の加藤の髪型が好きです(ロングで下ろしてるやつ)。あの髪型に変えてめちゃくちゃヒロインっぽくなったし、というかああ言う女の子同級生にいたな~!って感じになってやっぱり等身大の同級生って最高だぜ!
他の女の子もみんな可愛くてみんなだいすき。ただ、アニメ的にはあまり他の女の子のルートが見えないのがなあ。この3人が圧倒的ヒロイン過ぎて。
マイナーキャラを愛する道ははてなく厳しいというのは色んな所で学んでいるので。ただ良いんだよなあ。美知留とかさ、いとこっていうちょうどいい立ち位置でキャラが付きすぎていないのも得点高いんだけどな。
とにかく女の子かわいいしストーリーも人間関係が絡まってて面白かったですよ!
真面目な感想
正直、最初はそこまでハマらなかった。オタクの主人公が居て、天才系巨乳現役ラノベ作家先輩と金髪ハーフツインテール貧乳幼馴染という、なにそのわかりやすいキャラ設定。しかも、両人とも主人公に好意を抱いてるって、あ~この感じラノベのハーレムアニメだな~!といった感じ。
まあ、もともと俺妹とかにドハマリしていた類のオタクではあったのでこういうアニメは嫌いではなかったし、懐かしい感じがした。
冴えカノに私がここまでハマった理由は、キャラクターの魅力ももちろんあるが、それよりは俺妹などのテンプレラノベアニメをメタ的に見せていたということだ。
このアニメの冴えないヒロインこと加藤恵ちゃん。彼女は決して主人公に惚れ込んでいるとかではなく、終始一般人の視点からわかりやすくテンプレされたオタクを演じる主人公を諭す、みたいな立ち位置にいた。
あくまでストーリー全体はテンプレラノベアニメの形を取りつつ、主人公のオタク的に暴走した行動やオタクの常識を突きつけられる場面、そしてご都合主義に対するツッコミ、そして決して主人公に靡かないポジションであった加藤の魅力が私を惹きつけた。
上で例に上げた「異世界転生モノ」で言えば、「この素晴らしい世界に祝福を!」がまさしく同じような立ち位置のアニメだった。
異世界転生という世界観の中で繰り広げられるのは現世での記憶や技術を頼りにしてヒーローになったり主人公だけの特殊能力で無双するわけでもなく、諦めて日常を送るという、「異世界転生モノ」をメタ的にプロデュースした作品だ。
「冴えカノ」も同じようにハーレムアニメのような体裁を取りつつ、加藤という主人公と一定の距離があるメインヒロインの存在がアクセントになっていたこと、そもそも主人公がオタクであるという時点でもハーレムアニメという世界観に対するメタ要素になっていることも相まって、胸焼けすることがなく観続けることが出来た。私はゴリゴリのハーレムアニメ観てると胸焼けがするんだ。
キャラの話で言えば、主人公の安芸倫也くんは本当に情熱しかない。情熱があっても技術と実力がはなく、自分を慕ってくれている女性に対する発言も全然的を射ていない。
ただ、自分の情熱に任せた行動を起こすので、それがきっかけで人間関係にほころびが生まれたりもするし、誰かを傷つけたりもする。そんな、デフォルメされたようなオタクであるのにもかかわらず彼の行動から生まれる亀裂の現実感があまりにも大きくて、それがストーリーの出汁になっている。全然頼れないけど好きな主人公に私の中でなってしまった。
その上で、ストーリーも学園青春モノって感じでよかった。
まあ2期までに関しては現役ラノベ作家の霞ヶ丘詩羽先輩と、現役人気同人漫画作家の澤村・スペンサー・英梨々という天才二人におんぶにだっこだったが、その中で各キャラにスポットをしっかり当てていた事と、2期の終わりでその2人がフェードアウトし、いよいよ主人公とメインヒロイン加藤の2人3脚を始めるところまでのお膳立てがうまい具合に整えられたことも素晴らしい構成だと思う。
そして、ここで続編が劇場版で制作決定している。
「冴えない彼女の育てかた」劇場版制作決定!! - News | TVアニメ『冴えない彼女の育てかた♭』公式サイト
私は完全に後追いになってしまったが、どうやら劇場版が公開するらしい。最近は本当に劇場アニメを見るために映画館に走ることが多くなってしまったが、私としては当然これも見ることになるだろうな。
冴えカノを見た結果、どうやら私の中でラノベアニメとの折り合いが多少は付いたようだ。ストーリーの中で様々なイベントを経ていくうちどんどんキャラクターが好きになっていく。これはどちらかと言うと懐かしさのようなものもあるが、アニメを見て最近はこういう楽しみ方を出来ていなかったなあと思ったぞ。
映画も楽しみにしています。いまさら冴えカノを語ってみた新野でした。
劇場版「フリクリ オルタナ」各話解説と感想と考察【ネタバレあり】
オルタナを観て以降、OVA版を見直したり、監督のインタビュー観たり、パンフレット眺めたりしているといろいろなことに気づいたりする。
と、いうわけでこの記事ではオルタナを観て私が気づいたことや感想なんかを各話ごとにまとめてみようと思うよ。ガッツリネタバレするつもりなので未視聴の人は注意です。
この記事ではわかりやすいように、OVA版とオルタナとの差異について着目してみようと思う。勿論監督やスタッフが違うのでいろいろ異なる点も多いが、いずれについても作品を深く考える上ではわかりやすくまとまるかなと。
それでは早速参りましょう。ちなみに私は映画をまだ1回しか観ていないし、残念ながら劇場先行販売のBDも入手出来なかった。が、可能な限り覚えていることを書き連ねることにしよう。
記事中の画像はいずれもPVから拝借しています。
プログレの感想は以下より
azayaka-tuchiiro.hatenablog.com
第1話「フラメモ」
まずは第1話から。フリクリのサブタイトルにはどれも意味が込められていて、しかもそれらはOVA版の場合は監督が思いつきで付けたみたいなタイトルがあったりする。
そういうのを考えた上で「フラメモ」というのは、まあフラッシュメモリーのことなんじゃないかな。電子機器の話で言えば、フラッシュメモリというのは他の記憶媒体に比べて記録速度は早いものの、使い続けるとやがて寿命を迎えてデータが蒸発してしまう。転じて、今をものすごいスピードで生きている彼女たちの高校生活も、永遠には続かない、みたいな意味なのだろうか。
秘密基地「ハム館」でのカナの一コマ。ジェンガの興じているシーンだが、カナの持っているジェンガには「never knows best」の文字が。前作1話でマミミが咥えていたタバコに書いてあった文字だね。
この文字の意味、「何がベストかなんて誰も知らない」。OVAでは一見してナオ太に対しては軽く振る舞っていたマミ美の、内心での諦めのようなものを表していたことが特徴的だったが、オルタナではそれとは真反対の性格のカナが持っている。
上でフラッシュメモリの話をしたけれど、終わりゆく学生生活を前に何をするべきなのかというのに正解がない、という意味なのだろうか。とはいってもカナの表情を見るに、学生生活が終わり始めているということすら気がついていないようだが。
そんなカナの前に現れたハル子が言ったのがPVでも特徴的だった「セブンティーンはさ、待ってくれないよ」という台詞ね。
公開後なんかはよくインタビューで、OVAのハル子とオルタナのハル子は違っている(違うように作った)というのを聞くけれど、私の感想としてはちゃんとOVAの頃の雰囲気が変わらずあってよかったなあ。というか、他のキャラが普通の高校生なのに対してハル子だけOVAの頃の雰囲気のままだったから逆に浮いてたりしたよね。そのへんは、話を進めていくごとに他のキャラもだんだんハジケて来たように思えるけれど。
まあ、作品としてバチバチに固められているというよりも進めていくうちにキャラが固まってくる感じも、ある意味でフリクリっぽいかなと。
1話でのビックリドッキリメカはこいつ。 PVで観てうっかりこいつがラスボスかと思ってたけどそんなことはなかったね。
ちなみに大前提の話、ハル子はそこかしこの人間の頭をぶっ叩いてN.O.を開いて、そのNOのチャンネルをメディカルメカニカに繋げてメディカルメカニカに捕まっているアトムスクを引っ張り出すために活動している宇宙警察の捜査官なんですよ。(旧作ではそう)。
因みにN.O.がなにかということについてはオルタナでは親切に1話でちゃんと解説してくれた。右脳と左脳の間からなんか物体を持ってくるという技術?のようなもの。
N.O.はその人間によって出せるものの大きさだったりモノだったりが変わってくるが、カナのN.O.からギターが出てきたって言うことはハル子的に言えば「当たり」というわけだね。前作の感じからして。N.O.の素質がないと今回の神田やOVAのアマラオのようにしょぼいもんしか出せない。
オルタナではハル子の明確な目的については語られていないけれど普通で言えばナオ太と別れた後もアトムスクを探しているわけだし、そこで目を付けたのかな。
ただ、OVAではナオ太の頭がメディカルメカニカに繋がったからこそ、カンチが出てきて、手の形をしたメカが出てきて、最終的にアトムスクも呼び出した。
が、カナの頭はどこに繋がっているのだろうか。
OVAラストでアトムスクはメディカルメカニカからナオ太を媒介にして逃げ出しているはずだ。と、いうことは今回の場合宇宙の何処かにいるアトムスクを連れてこようとしているのかな?
オルタナでは(恐らく意図的に)あまりハル子の目的については語られていない。これは、OVAを見た人ならその行動原理を知っているであろうということでもあるし、OVAと別個として考えても作品自体がハル子が主人公ではなく、リアルな高校生を題材にしたSFのように風呂敷を広げたかったからなんだと思う。
第1話はカナとハル子の出会いに、オルタナでの重要なアイテムである「ロケット」をさらっと絡めたといった話でした。
ちなみにカナの頭から出てきたのはFenderのムスタングの67年型らしい。ムスタングというとアニメファンのあいだではけいおんの中野梓が使用していたギターということで有名だけど、実はフリクリにおいてFenderのギターが登場するのってなにげに初めてなんだよね。有名メーカーなのに。
OVAでハル子が持っていたRickenbackerのベース、ナオ太の”バット”Gibson フライングV、アトムスクのGibson EB-0 61年型。
で、今回Fender ムスタング。因みにPVで見る限りプログレでは同じくFender のストラトっぽい見た目のギターが出てきてるね。詳しくないからわからないけど。
第2話「トナブリ」
今回のサブタイトルはわかりやすい。「大人ぶり」縮めてトナブリ。
ヒジリーをメインに据えた話で、年上の彼氏と大人な関係を持っているヒジリー流石おっとなー!かと思いきや実は大人ぶっていただけでしたという話。
因みに大人ぶるというのはOVAでは全体のテーマのようなものでもあった。マミ美と河原でクラスの友達に言えないようなことをしつつ、学芸会なんて子供っぽくてやりたがらなかったり、突然現れたハル子に振り回されて街を守ったりした自分に自惚れたり…
ナオ太の場合はそんなことの結果、最終的にハル子からの誘われるも、たっくんはまだ子供だからと置いていかれ、”面白いことなんてなにもない”街で普通に過ごすというエンディングに至ったわけだ。
余談だが一方、ニナモリは3話のラストで普段はコンタクトなのに舞台の上でメガネを掛けていたことから、大人ぶらなくても良いんだ、という結論に達した描写がされている。
ただ、オルタナの場合は高校生だ。大人と子供の狭間にあると言っても良い。
2話ではメディカルメカニカのアイロン施設の近くに止めていたトシオの車が、施設内の電灯からの怪電波によってトランスフォームしてしまった。勿論メカアクションも観ていて面白かった。しかし怪電波でメカを自らの傘下に改造出来るのか。それはオルタナ初出の情報だなあ。
今回カナがN.O.で呼んだのはハル子のキッチンカーだ。うーん、これはますますカナのN.O.がどこに繋がってるのかわからんなあ。チャンネルの塩梅がいまいちっつ~か。みたいな感じ?しかし、3話でメディカルメカニカの機械を引き当てたときにハル子が「ハズレ」と言ったことを鑑みるに、どうやら現在はアトムスクはメディカルメカニカの中にはいないということは間違いなさそうだ。
2話はヒジリーがトシオを振ってエンド。トシオの「聖ちゃんは大人だと思ったのになー。つまんねー。」みたいな負け惜しみのような台詞も、逆に子供っぽく見えるね。高校生が大人と子供の狭間ではあるけれど、大学生だって似たようなもんだしな。
ところで、途中でハル子がトシオとらぶり~んな感じになるけれど、結局最後は隙を見て頭叩いてN.O,使おうと思っていたんだなってことが明らかになっている。
第3話「フリコレ」
「フリコレ」。ファッションの展覧会みたいのものを~コレクションと言ったりするし、そういう意味でのサブタイトルでしょう。
OVAでは各話ごとに各キャラにフォーカスが当てられていたけれど(2話がマミ美、3話がニナモリ、4話がタスク)、同じようにオルタナでもそれぞれメインに取り上げられるキャラが変わっていくようだ。
第3話ではファッションデザイナーを目指すモッさんのはなし。高校生を題材に挙げたときに、テーマとしてはいろいろあると思うけれど羅列してみると"恋愛"、"友情"、"部活"に続いて"将来"が出てくるのは当然とも言える。
まず、序盤の公園のシーンで「この公園、こんなに犬居たっけ?」という台詞がある。
OVAでも、ハル子は本部との通信にミュウミュウ(猫)を使用していた。それと同じように犬を通信に使っていたのだろうなと言うことが間接的に表されている台詞だ。
この話に関しては、どうもハル子の行動の意図が読めないんだよね。なぜファッションショーに割り込んだのか。なぜ蕎麦屋のマスターが一緒に現れたのか…。
ラップ部で本部への不満を垂れているハル子だが、その内容が今回の行動と関係があるのかもしれない。ないかもしれない。
モッさんというキャラクターは良い奴だなと言うのはわかったけれど、あんまりフリクリにもとめているのはキャラクターの掘り下げじゃないんだよなあ。とちょっと思ったり。
とは言いつつも、この話は5話の人間関係について関連する。モッさんとヒジリーがカナとペッツのように昔からの仲だということも明らかになった
で、これまで友情一辺倒だったカナ中心の物語に暗雲が立ち込める。というのはカナが倒れたモッさんに代わってバイトを肩代わりしていたことを責められているシーンだが、そのときにペッツとヒジリーの表情も心なしか「そりゃそうだろ」と言った具合で冷めた雰囲気だった。
私がオルタナで好きなのは、一見すると友情賛歌の物語なのだがその裏ではリアルな人間関係が(だいぶコミカルに描きつつも)展開されていたというところだ。
これについては5話で詳しく話そうと思う。
第4話「ピタパト」
第4話では部活の話。4話にしてやっとハル子の行動にある程度理解が及ぶようになった。ようはカナにまとわりついているのは、カナの感情の変化から生まれる強力なN.O.を利用したいということなのだろう。ということで4話ではわかりやすくカナを挑発している姿が見られた。
実はOVA版でも、3話のナオ太の部屋でハル子がニナモリに挑発(と言っても子供相手の)のような行動をしているシーンが存在したし、そういう行動は案外するっぽいね。
N.O.を利用するために感情を揺さぶるというのはどうやらカナには効果的だったようで4話で強力なN.O.の兆候が現れた。とはいっても兆候だけだったが。
因みに、OVA3話ではカモンの偽物といちゃついた姿をナオ太の前で見せることによってナオ太を動揺させ、最終的にバットという名のフライングVを引っ張り出していた。それと同じ手法ということだろう。
体育館のシーンではハル子がベンチに横たわって「スラムダンク」を読んでいるシーンが見られた。色合い的に25巻か27巻だった気がする。一方で佐々木はボンボンでやっていたDANDANだんくを話題に出している。この漫画、マンガ図書館Zで配信してるので気になる方はどうぞ。
それと、この辺だったかな。出前用のベスパのナンバープレートが写ったシーンが有った。これまでもちょいちょい黄色い出前用のベスパは見切れてはいたものの、横側しか写っていなかったのでハル子の乗ってたアレかなあ。違うのかなぁといった感じだったので真偽不明だった。
が、ナンバープレートがキチンと「マバセ 56-56」だったのでOVAと同一のベスパであることがわかった。ちなみにマバセと言うのはOVAでナオ太らが住んでいた街の名前だ。OVAとオルタナの時間軸についてもわかっていなかったが、コレではっきりとオルタナはOVAの後の話ということが言える。
まあ、OVAで19歳と自称していたハル子が6話では「宇宙人は不老不死」と言っていたこともあるし。
小ネタの一方でキャラ同士の関係性については、ハル子と神田の過去について少しだけ語られた。OVAで言うアマラオのような存在だと思っていたが、アマラオよりは若干お互い対等な立場のように思える。因みにアマラオも神田も「入国管理局」の職員だ。アマラオに至っては管理官と呼ばれていたのでだいぶ立場上は上の人物だったようだが、一方で神田の時代では入国管理局自体殆ど機能しないほど人員削減が行われていて、神田も「仕事だから一応」不法入国のハル子を見張っていた。
ま、そんなことはおいといて、1番謎なのが、カナのササキへの想いがなぜ消えてしまったのかということ。
普通に受け取れば恋愛よりももっと大事にしたいことがある。友情とか。みたいな着地点も無くはないですが…これは何度か見たら見えてくるところかもしれない。
第5話「フリステ」
サブタイトルについてはペッツの行動のことだろうか?カナをフって捨てて火星に行く彼女の話だ。
カナはペッツの旧友であったはずなのに家庭の事情なども知らず、といった人間関係については描写されたとおりだ。ただ、ここをどう受け取るかは視聴者それぞれの感性によるだろう。
人によっては、家柄などを気にせずカナと付き合いたいというペッツの純粋な気持ちがそうさせた、と受け取った人もいるはず。カナに憎まれ口を叩いたのも、別れ際にそう言っておくことで別れを辛いものにさせないというような若いからこその間違った自己犠牲みたいな…。
ただ私の場合、やはりペッツとカナの間にはカナが一方的に距離を近づけているだけでペッツからは一定の距離感があったのだと思った。
いや、それでもここで手を伸ばしたシーンで言えばペッツは本当にカナを助けようとした行動だとは思う。
事前情報ではわかりやすく友情なんかを全面に押し出していたり、PVでもこのシーンが使われたり、やはりそれに相違なく全体のテーマとしては友情というものが重視されているものの、これほど等身大の女子高生を描こうとしているオルタナ本編を見た上だと、ペッツとカナの関係性こそにリアルを感じざるを得ないというか。
ペッツがカナに「うぜーんだよ」と言ったようなことは実際の人間関係でもよくあることだ。仲良くつるんでいると思っていた友人に本当はどう思われているかなんてわからない。
ここで手を伸ばしたのは、そんなカナのことを本心では嫌っていたわけでない、うぜーとは思いつつも一緒にいる時間が長かったことで結局の所そこに友情が生まれていたというのに気がついたシーンなのではないか、と私は思った。
だからこそ、火星に出発するまでにモッさんとヒジリーからはそれとなく持ち物を交換しあっていたものの、カナに対してはこれまでは交換するつもりがなかったが、最後の最後気絶しているカナとヘアピンを交換した。ということなのでは。
個人的にオルタナがここまで私に刺さった1番の理由が、浜辺でペッツの火星行きがなくなったと気絶しているカナが夢に思うシーンだ。
現実では前述のようにペッツは火星に行ってしまう。どこまでもハッピーエンドを目指した物語ならペッツの火星行きがなくなってめでたしめでたしという友情賛歌で終わりだが、オルタナはそんなカナの愚直さ・滑稽さと、ペッツが離れてゆく現実とのギャップを映し出すシーンとして使われている。私のように(あるいはペッツのように)カナの何も考えずに1直線な性格について疑問を浮かべていたような視聴者であればなおさら好きなシーンなのでは。
因みに小ネタだが、5話か6話で神田の入国管理局のシーンで地図上にピンが立っているシーンがあるが、どう考えても実際の世界地図とは違い一つの大きな大陸となっていたので、カナの時代では地球はその様になっているということだ。
第6話「フルフラ」
「フル・フラット」略してフルフラ。OVAでは動くまで至らなかったが、メディカルメカニカのプラントがついに動き出すシーンが視聴者の度肝を抜いた。
6話に関してはもう終盤終始鳥肌立ちっぱなしだった。というか、1~4話まで使ってなかった「LITTLE BUSTERS」と「LAST DINOSAUR」が流れた時点で体中ゾクゾクしまくっていた。ズルいですね。
前半から、OVAのカンチのようなロボがハル子を襲っていた。これは過去作ファンへのファンサービスでもありつつ、本来カンチはメディカルメカニカのロボットであったのでここで現れるのも不自然ではない。マントを被った黒いカンチは、赤いカンチと比較してゲッターロボとブラックゲッターのような感じだったね。
神田は、OVAのアマラオと同じような役回りかと思いきやアマラオよりもだいぶ頼れる存在だった。ハル子と肩を並べて共闘するなんてアマラオにはできないだろう。
PVであったハル子の「叫べ、17歳!」という台詞がどんな感じで出てくるのか、ストレートな友情モノが苦手な私にとっては、場合によってはオルタナ全体にがっかりしてしまうような終わり方になってしまうかもと若干危惧していたが、やっぱりそのシーン見ると感動した。メディカルメカニカが動き出して、ハル子としても止める手段がカナのN.O.しかなかったということなのだからこその台詞だったのだろう。
あと私が興奮したのが、カナのN.O.が開放されたとき。カナの額にはアトムスクのマークが現れ、髪の毛の色もオレンジ色に変化した。
因みにこのとき、神田が「エキゾチック反応」という言葉を使っているのにもびっくりしたね。
トップをねらえ2!というフリクリOVAと同じく鶴巻さんが監督をしているアニメがあるのだけれど、その中に出てくるトップレスという能力者たちは、それぞれ特別な能力を持っていて、その能力のことを「エキゾチックマニューバ」と呼ぶんだよね。
その他にもフリクリに出てきた宇宙警察「フラタニティ」はトップ2!では宇宙怪獣と戦う組織として登場しているし、トップ2!のメインキャラクター・ラルクのトップレス能力は物質転送、つまりフリクリで言うN.O.のようなものだったりする。
まあ、トップ!とフリクリの世界がつながっているかどうかなんてどうでもいいんだけれど、トップ2!でフリクリの世界観がセルフパロディされたように、オルタナではわざとトップ2!を意識した言葉を出したのだと思う。なんせ上村監督はトップ2!からアニメに関わり始めたということなので、ある意味これもセルフパロディだ。
カナのオレンジの髪も、どこかトップ2!のノノを意識させるようなものだったね。フリクリの魅力はこういう遊び心にあると思ってるので、私としてはクライマックスで更に盛り上がった一因だ。
それと、このシーンでカナの額にはOVAのファンなら見覚えのあるマークが浮かび上がっている。OVAではカンチだったりナオ太がアトムスクの力を使っている場面で現れたマークだったので、この時点でカナはアトムスクを呼び出していたということなのだろうか。そうであれば、ハル子がカナにまとわりついていた理由もこの結果を予測したものだとすれば説明出来るだろう。結局ハル子はどこかへ飛ばされてしまったが。
ラストシーンに使われた楽曲は「Thank you,my twilight」だった。PVではオルタナではなくプログレで使用されていたので、まさかこっちで使うとは思っていなかった。ただ、めちゃくちゃシーンにあっていた。コレについてはパンフレットで上村監督のインタビューに詳しく載っているのでぜひ買って読んでほしい。
さて、「私は友達が大好きだ」と叫んだカナだったが、そこには5話のペッツに言われた言葉との葛藤があった。自分はこれまで疑うこと無く友情を感じていたのに、ペッツは自分に対してそのような感情を抱いていたのか、ということね。
N.O.が発動したのは、その葛藤から答えを見出したからだろう。向こうがどう思っていても「私は友達が大好きだ」と叫べるくらいの気持ちが、N.O.を反応させて、クライマックスのシーンまで繋がった。
そうして発動したN.O.はアトムスクもかくやという大きさのもので、ラストシーンではいつもどおりの風景の頭上にまっ平らな球体(星?)が浮かんでいた。
ラストシーンでは、プラントが起動されて平らになったはずの高校に向かうシーンで締められていた。私個人の意見としてはカナのN.O.によって街全体を火星に移動させて、結果地球は平らにされてしまったのかな、と思う。
ただ、ラストでカナ達がいるのが地球であれ火星であれ、平にされてしまったのが地球であれ火星であれ、一つ言えるのが、そこにペッツは居ないということだ。
ペッツが居ないということは、
- カナのN.O.で火星に街を移したがペッツ(人工島)はN.Oで火星に移らなかった。
- ペッツはすでにロケットで火星に向かっていたが、カナのN.O.でプラントを火星に飛ばし、結果平らにされてしまった。
のどちらかということになるはず。カナのN.O.がどれほど強大なものかは観ている分には詳しくわからなかったけれど、せいぜい街一つを転移させるくらいが限界だろう。プラントだって全てを移転させないと最終的に動き出したらまっ平らになってしまうし。
まあ、街を移転させたのかプラントを移転させたのかは今では判断つかないので、仮に街を移転させたということにして話を進めよう。
どちらにしろ、オルタナはハッピーエンドというにはあまりにも抜け落ちたものが多い終わり方になってしまった。カナはペッツまでを救うことは出来ず、これまでどおりの日常をこれまでと少し違った環境で続けていく。
ただ、私はこの終わり方が大好きだ。きっとN.O.で街を移転させて、大きな混乱も会ったのだろう。ハル子はその後どうなったのかわからないし、ごたごたを終えてもこれまでどおりの生活に戻るまでもそれぞれの物語があったのだろう。
ただ、こんなあっさりした終わり方が、OVAでも私の好きなところだったな、とふと思ったり。カナはもう「泣きはらした目には見慣れた景色が何故か目新しくて」なんてことはないだろう。嵐が去って、少しだけ成長した彼女たちの生活がこれからも続いていく。そんな終わり方だったね。
まとめ
OVAと同じところだったり、違うところだったりはあるにしろその一つ一つが作品を構成する要素であった。そして何より、OVAと同じでないからこその面白さがあった。
フリクリオルタナはあくまでフリクリ2ではない。新作であって続編ではない、それ故の新しいフリクリがあった。
パンフレットを購入した方は、巻末の方にあるpillowsの山中さわおさんへのインタビューを読んだことだろう。主題歌「Star Overhead」がどのようなつもりで書かれた歌であったのか。
インタビューでも話されている通り、実際にはオルタナはその意図とは違う作品となったわけだけれど、しかし作品自体にはとてもマッチした曲だった。
私が思うにフリクリは、製作されたものを骨の髄までしゃぶり尽くすことで更に味が出てくるような楽しみ方が出来る作品だと思う。
そういう意味でいうとpillowsの楽曲も、「Star Overhead」も一つのフリクリの物語のような気がして。さわおさんの意図の通り後日談のような物語として楽しむと更に曲が好きになってくる。ただの主題歌ではなく、それ自体がコンテンツとして成立しちゃってるみたいな、pillowsとフリクリの融和を感じられた。
OVAのフリクリがあり、オルタナがあり、「Star Overhead」があり…それぞれが新しい物語であり、それぞれがそれぞれの「フリクリ」だったんだな、と。何いってんだこいつという方はパンフレット買って巻頭の鶴巻さんの言葉を読んでほしい。
オルタナのパンフめくってすぐのつるまきさんのコメントがあまりにもグッときて、それだけでオルタナ参加させて頂いて良かったと泣けてきました。
— 新谷真弓 さらにいくつもの片隅よろしゅうね (@shintanimayumi) 2018年9月8日
こんなに短い言葉でそんな気持ちにさせるつるまきさんやっぱり凄いしズルい笑。(パンフ買って)
ほら、ハル子役の新谷さんも大絶賛ですよ。だからパンフレット買おうね。買え。
【ネタバレ無し】「フリクリ オルタナ」アニメ好き&前作ファンは急いで見に行け!
追記~~~~
感想の記事を書きました。↑の記事はネタバレ有りなので視聴済みの方はこちらへどうぞ
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9/7にいよいよ公開されたフリクリ オルタナ、公開初日に見てまいりましたよ。
※この記事は未視聴者向けでネタバレは一切なしですが、オモバレ(おもしろいかつまらないかの意見)を含んでいます。オモバレ否定派の方は早く劇場で見てきてください。
見る前の懸念
早速感想と行きたいんだけど、ちょっとだけ自分語りしてもいいですか。だめならスクロールしてください。
私はフリクリの新作ということで勿論発表されたときからめちゃくちゃ期待していたし、徐々に発表される情報を前に舞い上がって公開の日を今か今かと待ち続けてきた。
待ち続けてきたのだけれども、あの伝説のOVAと言っても過言ではないフリクリの名を冠する新作がどのような出来になるのかと言うのがとても心配だった。
近年は00年代のアニメのリバイバル現象のようなものがいたるところで散見されて、しかもそれら全てが必ずしも良い結果であったとは言い難いのが現状だ。具体的な作品名は出さないけれども。
そんな状況の中で、私の中の心配を加速させることになった決定的なツイートがある。
オルタナにおけるハル子って一体なんなんだ!ってハゲるほど考えて、上村監督や現場スタッフの皆さまともアホほどディスカッションして、今わたしが出来る精一杯でオルタナのハル子を演りました。そんだけ!
— 新谷真弓 さらにいくつもの片隅よろしゅうね (@shintanimayumi) 2018年3月21日
あなたの青春の幻影とはちっと違うかもしれないけど、良かったら9月観て下さい。
このツイートは、ハル子の声優をやっている新谷真弓さんのものだ。
オルタナのキャストが発表された日のツイートであるが…
なに、オルタナのハル子って新谷さんの中のハル子のイメージと離れてるってことなの?あなたの青春の幻影とはちょっと違うかもって何??鶴巻さんが脚本とか監督に参加してないなら、ハル子のこと一番わかってるのって新谷さんでしょうに、新谷さんがそんなこと言っちゃってどうするのよ!?
そんな中でのフリクリの新作は、私としては死ぬほど楽しみであると同時に、もしつまらなかったらどうしよう。もし思っていたものと違ったらどうしよう。という不安が常につきまとうものだった。いや、1ファンの勝手な心配に過ぎないんだけれどもね。
そして、観た結果ですよ問題は…
観た結果…
あの、正直言っていいですか。
くっそ最高最高&&最高
でした。
マジで。高すぎるハードルを軽々と超えていった。
ネタバレはしないけど、無用な心配は無用です(?)。
ハルコさんの雰囲気変わっちゃってるんじゃないの??
事前情報でJK4人組の友情っぽい感じが観られるけどそんなこっ恥ずかしいテーマでちゃんとフリクリなの??
挿入歌とかどうなの??作画は??世界観は??
そんなもんいらぬ心配だ。フリクリ オルタナはまごうことなきフリクリであり、そして良質なアニメで有ることを保証いたしましょう。
OVAにあった身近なようで不思議な世界観、アニメーターのお遊びが存分に取り入れられた良質なアニメーション。The pillowsの楽曲の使い方。
それらはどれもオルタナに引き継がれている。
そして、ハルコさんはちゃんとハルコさんだった。
公開初日というだけあって、来ているお客さんはまばら…というか、全336席あるシアターで見たんだけど、観ていたのは両手両足の指で数えられるくらいの人数だった。
ただ、そのいずれの人も上映後は満足感からニヤニヤしていた。階段ですれ違った人、上映後に椅子に座りっぱなしの人、友達と来ている人たち…勿論私もそんな中に混じって一人でニヤニヤしていた。
そして帰りの運転席に乗った瞬間、「最高だった…」と呟いてしまった。
それくらい最高だったのです。上村監督、とても素晴らしい作品をありがとうございましたって感じです。
しかもですよ。これが2週間後には「プログレ」も公開するっていうのが。これで終わりじゃないっていうことがとても嬉しいのだ。
私がこれほど手放しで褒めちぎっているのは、本当におすすめだから。ともかく映画見よう!
ネタバレあり感想記事ではどの部分が良かったかひたすら語るので、そちらもよろしくおねがいします。
1つ、残念というか誤算だったのが、劇場販売グッズのうち、劇場先行販売BD、COMPLETE CD-BOX、そしてTシャツ3種がどれも売り切れていたということ。
私が行ったのは少し都心から離れた劇場だったので仕入れ数が少なかったのかもしれないけれど、これらのグッズ、特にBDとTシャツがほしい方は早めに劇場に向かったほうが良いだろう。CD-BOXの方は通販でも売られているので、いつでも購入できる。
しかし本当によかった。私は円盤も買う予定です。
あっ、それと!OVA版フリクリがdアニメで配信開始されました!未視聴の人、映画の前や後に旧作を見返したい人は是非ともチェックですよ!